私が墓を継ぐなら墓じまいして永代供養にします

お墓があるのが当たり前だと思っていましたが (50代女性 会社員 大分県在住 家族4人暮らし)

私は、二十数年前に結婚し、故郷をはなれ、今は大分で生活をしています。

子どもは2人。社会人になる手前の子どもたちと「あと何年いっしょに暮らせるかしら」なんて考えながら、忙しくも楽しい毎日を送っています。

主人の実家近くに家を建てて、自分の生活拠点は私の郷から今の家に変わりました。

子どもたちにとってはこの家が実家。ここから人生が始まっているわけです。

主人方には家墓があります。山奥にあるそのお墓には、もう何代も前からのご先祖が眠っています。

正直、これまで何度も考えてきたんですよね。「私の実家方のお墓はどうなるんだろう…」って。

とはいえ私は女2人姉妹で、姉も結婚し実家にはいません。

 

毎日のおつとめが生活の糧に

私方の家墓には、祖父母の遺骨が入っています。祖母が苦労して貯めていた預貯金が亡くなった後に見つかり、そのお金で立派な家墓を建てたのだそう。

ほどなく祖父も脳梗塞で倒れて亡くなりました。

それまで檀家に入っていなかった両親は、祖父の葬式の際に「誰かがお寺の檀家に入らないのであれば、ご家族とはいえご先祖様とは縁がなくなるので、お寺で永代供養することになります」と告げられ、その日に檀家に入りました。

以来、お寺に通って法要会に参加したり、本山参りをしています。

「実の親の弔い=お寺に通い、毎日仏壇の前で1時間ほど手を合わせること」を当たり前に受け入れた二人でしたが、祖父が亡くなって17年たった今では、すっかり信仰の心得が両親の心の支えになっているようです。

私や姉が病気をしたときも、孫の受験の時も、いつも母は「仏壇に手をあわせていたのよ」と言っていましたしね。

 

「墓を継ぐのは誰」話し合いの行方は

両親がお寺に行って先祖供養をすることに、私はよくもわるくも思いません。

両親にとって生活リズムの一つを担っているのは確かですし、心のよりどころがあるというのも良いと思っています。

ただ、問題はそのさき。信仰と併せてお墓の今後をどうするか…これは私や姉の意志とは関係なく、「どちらかにお願い」となるのは必然だったわけです。

私は主人の家墓のこともあるし、確実に継ぐとはいえない状況が続いていました。

数年前、相続や贈与の話にからめて母から「で、お墓はどっちが継いでくれるかしら」と口火を切ったのです。

お寺に縁遠くなっている私とは反対に、姉は子どもとよくお寺に出かけていました。姉の家庭で一問題あり、そのこともあって姉はよく実家に顔を出しては両親を安心させてくれていましたし、相続もやはり姉中心に考えていたような気配を、私も感じ取っていました。

姉の子は娘一人。しかし、子どもが育ち上がったタイミングで姉が離婚をしたため、姉から「結果、私も実家の家墓に入る事になりそう」という話が持ち上がりました。

何となく収まりが良い話にも聞こえるのですが、これがもし私と姉両夫婦とも県外にいたり、離婚もせずに円満にいたとしたら…。

最悪のことを考えると「責任のなすりあり」のようなことになっていたかもしれません。

 

私がお墓を継ぐなら「墓じまい」して永代供養に

私が墓を継ぐなら墓じまいして永代供養にします

姉が、お墓と後の両親の供養を受け継ぐということで、なんとなく今は話がまとまっています。

私としても、主人のお墓問題もありますし、本音を言えば姉にお墓を任せられるのはありがたいと感じています。

もし、私が実家の墓を任されることになったら、きっと墓じまいをしてお寺の永代供養をお願いしたと思います。

信仰の厚い祖父の影響もあったのでしょうが、物心ついたころから仏壇に手を合わせ、祥月命日にはお墓に参る習慣が私と姉にはありました。

そして私自身は、親と祖父母の遺骨を納めたお墓を大事に守りたい気持ちはあります。が、いずれは自分の子どもに墓をゆだねることになるのは分かっていますし、その時に負の感情を持たれるくらいなら、いっそ私の代で切り替えることも必要だと思っていましたし。

 

お墓に入る前も弔いも気持ちが大事だと思います

では、自分が亡くなったあとどうするのか…

主人の家墓には入りたくないのが本心です。「何代も前からの見知らぬご先祖様と一緒にしまわれたくない」というのが本心ですね。

といって、自分のお墓を建ててほしいとも思いません。私一人の遺骨がそこにあるだけで、その後は自分の子どもたちに墓守をさせることになりますから。

法要も管理もお金がかかりますし、自分たちのお金は自分たちで有意義に使ってほしいですね。亡き人を偲ぶ気持ちを、供養に掛けたお金で計るつもりはありません。

「どうしても亡骸をこの世から消したくない、自分の分かるところに残したい」と子どもたちが思うなら、手元供養でも分骨でもして、子どもたちらしく、お墓にとらわれずに、無理のない範囲で弔ってほしいです。

過去や先祖の過去に対して手厚い思いを託すのではなく、「今」を大切に、生きているうちに感謝。愛情も、ケンカも仲直りも、思い残すことなく生きることが大事なんじゃないかなと思います。

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