建設会社で起業

最愛の犬を看取って自分のこれからを考えました (70代 男性 会社経営者 東京在住1人暮らし

私は幼い頃からずっと、決して裕福とはいえない家で育てられました。

家庭環境にも恵まれず、「大人になったら1人で金持ちになってやる」という野心だけをずっと募らせていました。

幼少期の環境は、自分にはどうすることも出来ませんからね。

大人になったら自分の望みをとことん叶え続ける人生を送るんだと思って、これまで生きてきました。

その人生も、年齢からすると終わりに差し掛かっています。

そろそろ、自分の終焉を自分で決めなければいけない時に来たな、と思い始めました。

 

がむしゃらに働きつづけて独立

学生時代の成績は(野心への執着から)それなりに良かった方だと思います。

生まれは大分県ですが、関東の誰もが優秀だと言ってくれる国立大学に進学しました。もちろんお金はありませんでしたから、夜は力仕事をしながら学校に通う、勤労学生をしていました。

自分の野心を叶えるために、ムチャもしたし意地だけで生きていましたね。

建設会社に就職をして、それでも自分は社員で一生を終わるつもりはありませんでした。

一度入社すれば、テゴのように使うけれども給料と雇用は保証します、というまさに終身雇用な大手ゼネンコンでしたが。

社員の給料以上を自分で稼いでやる!その一心でしたね。ノウハウをしっかり叩き込んで、課長職の辞令を蹴って、建設会社を立ち上げました。

 

景気に左右されながら知った「大切なもの」

当時は経済も成長期で、建設会社の社長だという自分の地位もあって、いろんな人が私の周りでもてはやしてくれました。

それでも、人を慕うというよりは、この人からがっぽり儲けてやる、といった感情の方が強かったですね。

いや、そんな時代だったんです。マンパワーで仕事を獲ってなんぼ。資力を高めて大きな会社にするのがステータスだったし、そんな意味では良い時代でしたよ。

でも、人を人とも思っていないというか。男性の美学とでもいうのか。仕事が出来るのが良い男の条件、みたいでしたよね。

景気が一気に冷え込んで、立ち直しのめども立たない、真っ暗闇のような時期がそれから数十年と続いていますが。

私は何とか会社を維持することが出来ました。

この闇のような時代に、人に裏切られ、仕事が立ち行かず、それでもどうにかしようと一緒に戦ってくれた役員、社員のみんなの大切さをいやというほど思い知らされたのです。

自分は、大人になるまで周りの大人を信用出来ませんでした。人としての感情が育たない環境だったんだろうなと、今思い返せばそう思います。

人の感情の間に生きながら残ったのは

建設会社で起業

人とのつながりが大事だ、と真剣に思えたのも50代に差しかかった頃でした。それまでの私は、自分が人を信用しなかったように、誰かを裏切り、嫌な思いもさせて生きてきたんだと思います。

その償いではないですけれど、会社としてもしっかり根がついて経営状態が安定したタイミングで、自分とは全く血縁のない、信頼できる社員に会社を任せることにしました。

会社は子どもに継ぐもの、という常識のようなものがありますが、私はこれまで独身をつらぬいていますし、ここまで育てた会社を自分でつぶそうとも思いません。

数百人という社員を抱えていますからね。社員の幸福を維持するのも経営者の役目。

こんなふうに考えられるようになった自分は、それだけ周囲に助けられたし、ずいぶんと丸くなったものだと思います。

自分らしく、思うように1人で生きてきました。でも、老いとは不思議なもので「死ぬ時も1人」と考えるととたんに寂しくなるんですよね。

これまで、周りを寄せ付けないほどの一匹狼で突っ走ってきたのに、ここにきて寂しいだなんて、とことん私はわがままですよ。

今から所帯を持つなんて、それはまた無責任な気もして、家族を迎えるような気持ちで犬を飼い始めました。

自分がこんなにも愛情を注げる人間だったのか?と自分でも驚くほど、この犬を溺愛しました。人同士で叶えられなかった愛情やら感情を、愛犬に重ねていたのかなと思います。

 

動物の遺骨と一緒にいられないと知って

私の唯一の家族だった愛犬は、12年の寿命を全うして天に召されました。

大切な我が子のような愛犬は、丁寧に弔ってあげようと思い、私なりの葬儀と火葬をして遺骨を持ち帰りました。

リビングの傍らに仏壇を設けて、そこにしばらくは遺骨をおいて、毎日お花を捧げては語りかけていました。

今では、経営を譲った会社にもたまに顔を出し、仕事からつながった人の縁からいろんなイベントや会に出席したりと、有意義な生活を送っています。

それでも、年代が近い人同士の集まりになると、家族の不幸や健康の話が増えるんですよね。

こんな独り身の私もいつか死ぬのであれば、愛犬の遺骨と一緒に眠りたい…と思っていました。

でも、これがなかなか叶えられないんですよね。いろんな知識はあると自負していましたが、さすがに葬儀業界の事には無知でした…。

人骨は一緒に合葬できるけれど、動物の遺骨は「物」らしいんです。なんとも難しいですね(笑)。

所詮独り身の私も、大きなお墓を建てたところで誰も世話してもらえないんです。それなら、ひっそりと1人で合葬墓に永代供養をお願いしようと思っていました。

死んだ後まで、誰かにずっと覚えていてもらって世話してもらおうなんて、おこがましいですよ。私を知っている社員も、時間の流れとともに少なくなっていくでしょう。先代社長なんて奉ってほしいなんて思いません。

それなら、愛犬の遺骨も誰かにお任せしなきゃならない!と思ったんですよ。

 

私も愛犬も自然の中で一緒にいられるはず

私の年齢からしても、いつ倒れて死んでおかしくはありませんからね。

とにかく愛犬の遺骨はどうにか、自分の手で弔いつくしてあげなきゃ!と慌てましたよ。

火葬をしてくれたところには、永代供養の合葬墓があることを知っていました。

当時は合葬するよりも、手元においておきたい一心で骨上げをしましたが、お願いしてそちらの合葬墓に愛犬の遺骨をいれてもらいました。

これでもう安心ですよ。本当にホッとしましたね。

自分が出来ないことは、誰かの手に委ねる。これは私が会社経営で身をもって学んだことですし、自分の人生のけじめも同じだなと感じています。

私には人間の家族はいませんが、自分が納得出来ていればそれは、自分の気持ちに正直に、やりたいようにやるって大事だと思います。誰のせいにもしない、という意味でもね。

いずれは私も、永代供養を行ってくれる住職に自分の亡骸を委ねます。

その時は、ずっと戦って来た東京から、自分のルーツである大分に戻るのも良いのかなと思っています。

自分は人としてここまで育ちあがって来たぜ!と故郷に見せつけてやりたい。反骨精神の現れでしょうかね。

胸を張って、澄んだ気持ちで大分に戻って、弔った愛犬の魂ともどこかで再会して、大分の自然のなかで未来永劫漂えれば良いなと思っています。

>「自然葬」土に還るという美しい選択

「自然葬」土に還るという美しい選択

飛来山霊山寺は1300年の歴史をもつ特別な場所、そして、西国霊場八番札所として知られる「聖域」です。そんな格式の高い霊山寺では、「自然葬」という、自然の土に還る埋葬をしています。大分で自然葬を考えているなら、ぜひ飛来山霊山寺にご相談ください。

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